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50年代はアメ車の黄金期 #USパーツ・USカスタム・US仕様・北米仕様・USDM・STANCE

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戦前に世界ナンバーワンとなっていたGMが、新時代でもトレンドセッターとなっていました。
アメリカ車にそれまでほとんど存在しなかったスポーツカーを生み出したのもGMだったのです。
1953年、GMが開催していたモーターショー「モトラマ」に展示されたのが、シボレー・コルベットのプロトタイプです。
白いFRPボディーをまとった軽量なオープン2シーターは熱狂的に歓迎され、急いで生産化が進められました。
1954年にはフォードが対抗馬のサンダーバードを発表し、ハイパワー競争が繰り広げられることになるのです。

 

翼のようなテールフィンがアメ車の象徴


コルベットのコンセプトを提案したのは、GMのデザイン部門を仕切っていたハーリー・アールでした。
高級車のカスタムボディーを製造していた彼は、GMに入社してデザインを担当するようになります。
1927年に発表したラサールの成功によって、スタイリングへの発言権を増していったのです。
その頃から、デザインが自動車の販売に占める役割は重要な要素となっていきました。
アールが自動車のデザインにもたらした大きな要素が、テールフィンでした。
キャデラックの1948年モデルには、控えめながらリアフェンダー後端に突起上の装飾が施されています。
アールはロッキードの戦闘機P-38ライトニングにインスピレーションを受け、垂直尾翼の形状をキャデラックのデザインに取り入れたといわれています。
最初は小さな出っ張りにすぎなかったのですが、年を追うごとにフィンは巨大化していきました。
他社もこぞってフィンを目立たせるデザインを採用し、影響はヨーロッパ車にまで及んだのです。
1959年のキャデラックで、テールフィンは頂点を極めます。
クロムで飾られて輝く鋭角的な形状は、ジェット戦闘機以上の攻撃性を感じさせました。
2メートル近い巨漢だったアールにとっても、これ以上の増大は無理だったかもしれません。
1960年代に入ると、熱が引いたようにテールフィンは縮小し、やがて消えていったのです。
尾翼を模したものといっても、もともと空力的な貢献は皆無でした。
戦勝の余韻と大量消費の賛美が一段落すると、過剰なゴージャスさは必要とされなくなったのです。

 

車が小型化していく中でアメ車はついていけず・・


アメ車が巨大化すると、ヨーロッパからその間隙を埋めるようにコンパクトカーが進出してきました。フォルクスワーゲン・ビートルが先鞭をつけ、アメリカでも人気を博していったのです。
1958年には、画期的なFF車のMINIが登場します。
ビッグスリーもコンパクトカーの開発に手をつけるのですが、はかばかしい成果は得られませんでした。
その後、驚異的な成長を遂げた日本から、丈夫で壊れにくいクルマが来襲します。
テールフィンは、デトロイトの繁栄の最後の輝きだったのです。

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